『ベニスに死す』大好きな私が『世界で一番美しい少年』のドキュメンタリー映画を観て思ったこと

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引用元:映画com.

ルキノ・ビスコンティ監督の「ベニスに死す」(1971)で主人公を破滅に導く少年タジオ役を演じたビョルン・アンドレセンの50年間に迫ったドキュメンタリー。巨匠ルキノ・ビスコンティに見いだされて「ベニスに死す」に出演し、「世界で一番美しい少年」と称賛されたビョルン・アンドレセン。年老いた彼は、かつて熱狂の中で訪れた、東京、パリ、ベニスへ向かい、懐かしくも残酷な、栄光と破滅の軌跡をたどる。
2021年製作/98分/G/スウェーデン
引用元:映画com.

 

トーマス・マンの原作ギリシア芸術最盛期の彫刻作品のような完ぺきな美しさ」の表現を見事具現化するような麗しさでスクリーンに登場したビョルン・アンドレセン

世界中が彼の神々しいまでの美しさに心酔し、伝説的存在となって映画史に名前を残しました。

 

その後は表舞台で脚光を浴びることはなく、メディアも取り上げられることはありませんでした。

メジャー作品で言えば1本だけの映画出演に終わり、ビョルンの素顔を知る術がなかった世代(1970年代以降に生まれた人たち)は、『ベニスに死す』の映画のタージオはスクリーンの中にしか存在しないと思っていた人もいたかも知れません(少なからず私は公開からずいぶん後に鑑賞したので、架空の産物化していたように思います…)。

 

だけどビョルンは、ルキノ・ヴィスコンティ監督に見い出されるまで、ごく一般の少年に過ぎませんでした。
『ベニスに死す』の出演後から人生が大きく暗転し、人知れず宿命的な人生にもがき生きてきたことを、このこのドキュメンタリー映画で初めて明かされました。



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引用元:映画com.

当時から「美少年」と言われることを嫌悪していたビョルンは、賞賛し続けるメディアや熱狂的ファンに戸惑っていたということ。

彼への眼差しは常に欲に溢れたもので、身勝手なイマジネーションを押し付けられ、それを演じなければいけなかったということ。

自分のためではなく大人の指示に従うしかなかった少年時代を、ビョルンは訥々(とつとつ)と語りました。

 

彼にとってあの映画は呪いのようなもので、今でも解き放たれることができずにいるように見えました。

 

私は『ベニスに死す』を信仰するような気持ちで観てきただけに愕然としました…。

もしかしたら自分もまた、彼が最も嫌悪する対象にいたのではないのかと。

 

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引用元:映画com.

このドキュメンタリー映画は、50年後のビョルンの荒れ果てた生活風景から始まります。家主から「危険人物」とまで言われていることや、不甲斐ない暮らしに恋人が叱り続けている姿を見せ、完全に『ベニスに死す』のビョルンのイメージを破壊させました。

もしかしたらこれは、ヴィスコンティ監督に対する、あるいは『ベニスに死す』を愛してきた映画ファンへの復讐ではないかと思い、先を観るのが怖くなってきました。

 

だけどビョルンは何が起きていたのか、そのときの心情をある程度話すと、どこかぼんやりとした物言いで言葉を濁します。

ドキュメンタリーなのでもう少し真実を解き明かしてもいいように思えますが、壮絶な出来事を闇に葬ろうとしているのを感じました。

 

制作サイドも彼の意向を汲み、それ以上踏み入れるのを断念しているようにみえます。

(かつて観たマイケル・ジャクソンのドキュメンタリー番組で、本人の意向に沿わない形で放送した「Living with Michael Jackson」のようなイメージを歪ませる悪質さはありませんでした。両者の真摯な姿勢を感じられます。)

 

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引用元:映画com.

66歳になったビョルンは、白くなった長い髪と髭を生やし、老いた自分を隠すことなくありのままの姿をカメラに晒しました。

だけどその愁いを帯びた表情は、『ベニスに死す』で観たタージオと重なります。

ビョルンは時を経ても内気で繊細で傷付きやすく、少年のような無防備さが失われていないことに私は気付きました。

 

ただ時が過ぎただけー。

リド島の海辺に佇むビョルンを静かに映し続け、このドキュメンタリー映画は幕を閉じます。

それは『ベニスに死す』のラストシーンと同じ場所、同じカットでした。

まるで外見はまやかしであるということを訴えかけているようにも思えました。

 

ビョルンにとってこのドキュメンタリーの撮影が、決別と再生へ繋がることを祈るような気持ちで映画館を出ました。

 

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