『あなたはまだ帰ってこない』純愛で終われないフランス映画
渋谷のBunkamuraル・シネマで上映していて気になっていましたが、ようやくAmazonプライムで観ることができました。2017年公開作品です。
(今回はネタバレありで書きます)
引用元:映画com.
あらすじ
1944年、ナチス占領下のフランス。若き作家マルグリットは夫ロベール・アンテルムとレジスタンス運動に身を投じていた。ある日、夫がゲシュタポに逮捕されてしまう。マルグリットは愛する夫を取り戻すため、ゲシュタポの手先であるラビエと危うい関係を築き、情報を得る。しかしパリ解放後も夫の不在は続き、マルグリットは心身ともにぼろぼろになりながら彼の帰りを待つが……。
引用元:映画com.
愛する人を待つ身の苦悩を描いた実話
世界的大ベストセラーとなった『愛人/ラマン』の女流作家マルグリット・デュラス(1914年-1996年)の自伝本の映画化とだけあって、さすが芸術的思考が強く、フランス文学の世界にどっぷり浸かれました。
映画はマルグリットが昔書き留めた手記を見つけ、当時を客観的に回想しながら進んでいきます。
第二次世界大戦という激動の時代を生き抜いたマルグリットの体験は、レジスタンス活動で逮捕された夫の帰りをひたすら待つことの苦悩を描いています。
タイトルでも「あなたはまだ帰ってこない」という絶望と希望の狭間を匂わせ、彼女がどれほど夫への愛に支配され、錯乱しそうなほどの孤独と忍耐を抱えているかがクローズアップされていきました。
夫を逮捕したゲシュタポ(ナチス警察)のラビエとの接触で、ストーリーは緊張感を漂わせます。
夫の釈放を願い、憎むべき男から呼ばれるがままに会い、食事をする。
時折、ラビエから誘惑するような賛辞も受けます。
気高いマルグリットにとって魂を売るような時間だったはずです。
予告ではこのラビエとの駆け引きがサスペンス仕立てに流れていましたが、そこにドラマチックな展開はありませんでした。
ただ、最後の食事でマルグリットがラビエに「あなたは夫が戻るかもと思わせてくれた」という言葉がやたら心に響きました。
気丈に振る舞うマルグリットの中に、素直さといじらしさを感じました。
男女の愛に不変なものはない
多くの捕虜たちが帰還する中、姿を現さない夫。
だんだんと夫の死を意識し、自堕落になっていくマルグリット。食事や風呂に入らず、荒んでいく姿が痛々しく映り込みます。
マルグリットの夫への詩のような言葉が連なります。
「私の命以上に愛おしい手」「世界の終わり」「私は迷わずに死ぬ」「自分の場所がない」。そして、夫がいない世に生きていることが恥だとも言います。
彼女の想いの深さが悲壮感にあふれ、これぞ永遠の愛だと確信するや否や、意外な形で現実世界に引き戻されました。
それは、待ち焦がれたはずの夫の帰還によって、愛の脆さが露呈した瞬間でした。
マグリットは悲劇な自分に陶酔していたように思えなくもありません。
夫との再会を果たした数年後、「愛人の子どもがほしい」と言って離婚したことをさらりとラストで説明しています。
何とも、人の複雑さを潔く完結させたことか。
マグリットの言葉や感情豊かさが、男女の愛は不変でないことを辛辣に見つめさせました。
もし夫があのまま帰らぬ人であったら?
マグリットは一途な愛の物語として自伝本にしたためたのではないだろうか?
それこそ『愛人/ラマン』以上の純愛と話題になっていたかも知れない。
でも人生は欲望の上に成り立っているものなのだと、思わず達観する自分がいました。
フランス映画はやっぱり大人向け
引用元:映画com.
この映画は、やたらタバコを燻らすシーンが多く印象的です。
パリの街角やレストラン、駅やアパートメントのあちらこちらで、会話や物思いに耽る合間合間に見受けられます。
登場人物たちの喫煙シーンは、迷いと苛立ち、観念や決意を表現しているようにも見えます。
特にマルグリットの吸い方がカッコイイ。
映画タイトルを「タバコと女」にしても良いのではないかと思うほど似合っているし、重要なカットを繋いでいます。
また交わされる会話が意味深で、彼らの真意を探ろうと必死になって観てしまいます。フランス映画ならではの間合いが、ゆっくりと内面を見つめさせてくれます。
大きなクライマックスはないまま、人間の本質を炙り出して終わりましたが、マルグリットの書き記した状況説明や心の声が詩的で美しかったです。
ミニシアター作品が好きな人向けの映画です。
今回もお付き合い下さり、ありがとうございました。