映画『THIS IS IT』で観るマイケル・ジャクソンへの複雑な想い
あらすじ
2009年6月に急逝したマイケル・ジャクソンが、同年夏にロンドンで開催するはずだった幻のコンサート「THIS IS IT」のリハーサルとその舞台裏を収めたドキュメンタリー。100時間以上に及ぶ楽曲とパフォーマンス映像や、舞台裏でのマイケルの素顔を記録。監督は、ロンドン公演そのものの演出も務めていたケニー・オルテガ。引用元:映画com.
信じられなかったマイケルの死
2009年3月、朝のニュース番組で、復活コンサートの記者会見をしたマイケルの姿が目に焼き付いています。
熱狂するファンの前にハイテンションで登場し、
「みんなが聴きたい曲を歌うよ」
「最後のカーテンコールだ」
と言い放って決めポーズをしたマイケル。
キレイに結ばれているはずの髪が無造作に伸ばされ、頬がこけてやつれた印象を受けました。
本当にコンサートは実現するのか?
健康不安説が取り沙汰されていただけに、私は会見ニュースをどこか冷ややかに見ていました。
その約3か月後、マイケルの訃報が飛び込みます。
これまでマスコミがマイケルを面白可笑しくゴシップのターゲットにしていただけに、その死のニュースでさえデマなのではないかと疑いました。
でもテレビやネットニュースでは連日マイケルの死を伝え続けます。
ファンが嘆き悲しむ姿や、マイケルの家の前にキャンドルや花が供えられた光景が次々と映されました。
マイケルは、本当に死んでしまった―。
愕然としました。
私はマイケルがとても好きでした。残念ながら全盛期を過ぎてから彼の音楽を聴くようになったので、コンサートに行ったことはありません。
しかし約4か月後、幻のコンサートとなったリハーサル風景がドキュメンタリー映画として公開されました。
それがこの映画『THIS IS IT』です。
リハーサルのステージでもマイケルの魅力全開
映画館には、マイケルのファンでない人も、もちろん鑑賞していたことでしょう。
それでもマイケルをみんなで観る、ということが妙に嬉しくて、私はいそいそと劇場に足を運びました。
映画は世界同時公開でした。
表舞台から一線を置いていたマイケルが、今度は映画館のスクリーンを通して世界を一つにして想いを届けました。
完璧主義者のマイケルからしたら、もしかしたらリハーサル風景を見られるのは本望ではなかったかも知れません。
実際、「Wanna Be Startin' Somethin'」では息切れしているのか、何度か歌わない場面も観られます。本人は許可しなかった映像なのでは?と思えるものもあります。
しかし、映画は「これまで見たことのないマイケル」を捉えます。
いつもステージで神々しく輝くゴージャスなマイケルが、リハーサル衣装を着て「振り付け」や「音響」「演出」についてスタッフたちとアイデアを出し合っていました。
「イヤフォンで音を聞くのが慣れないから上手く歌えない」と訴え、歌を途中で止める場面もありました。
ステージ裏で試行錯誤を繰り返すマイケルの姿は、今まで感じたことのない親近感にあふれ、新たな一面に観て更にときめきました。
かつて小さなマイケルが、ジャクソン5時代に歌っていた「"I'll Be There」。
コンサートでよく歌われる曲ですが、『THIS IS IT』のコンサートでも組まれていました。
この曲を歌うときのマイケルは特別に優しく儚げに見えます。まるで当時の幼き自分に語りかけるかのように、慈愛に満ちたトーンで歌います。ステージで毎回ファンと大合唱しますが、私はそれがマイケル自身への応援ソングのように思えてなりません。
この曲を歌うたびに何かを決着付けようとしているように、魂を込めて歌い上げ、観客を沈黙させます。
リハーサルも同様の光景を生み出し、静寂さに包まれていました。
『THIS IS IT』への複雑な思い
マイケルはミリタリー・ジャケットを好み、リハーサルでも着ています。その姿は王子
感にあふれ、マイケルの上品な魅力を引き出しています。
クリスタルが散りばめたジャケットや、赤のレザージャケット、オレンジの派手なスキニー・パンツもすべてマイケルの超人的な容姿やパフォーマンによく似合い、華やかさが際立っています。
ファッションから佇まいまで、何もかもカッコいいを象徴する人。
ほぼ引退目前にあった50代のマイケルですが、音楽が流れればかつての華麗なるダンスを惜しげもなく披露し、見る人を釘付けにします。
マイケルの素晴らしさは何も変わってない、そう確信しました。
『THIS IS IT』の上映終了後、映画館は拍手が起きました。あまりない体験で驚きましたが、観客が一つになって「感動」を共有したのを感じました。
この伝説的映画が公開したしばらく後、私たちはマイケルの抱えていた苦しみを知ります。
当初10公演の予定だったコンサートが、50公演に増やされ、相当のプレッシャーとなっていたこと。
亡くなる6週間前、主治医に「最高のショーにしなくてはいけない。みんなに誉めてもらいたい」と訴えていたこと。
重度の不眠症に侵され、全身麻酔をしなければ眠れなくなっていたこと。
そんな極限状態のマイケルが、あんな気迫に満ちたリハーサルに挑んでいたなんて言葉を失います。
一曲一曲を、最高のパフォーマンスショーとして全身全霊をかけたマイケル。
多くの事実を知った今、どこにあれほどのパワーがあったのか、『THIS IS IT』を観るたび複雑な気持ちになっていきます。
でも観れて良かった。
完璧なマイケルも素敵ですが、努力や限界を超えようとするマイケルの素の姿は「力」を与えてもらえるように感じます。
辛くともリハーサルのステージに立ったマイケルは、自身に魔法を掛け、伝説的なスーパースターであり続けました。
そして、そこに居合わせたスタッフや私たち観客を心酔させ、永遠の夢を残してくれました。
私は、今日もマイケルの曲を聴く。
マイケルの贈り物、きちんと届いているよ。